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プロ転向の記者会見から、4週間近くになるでしょうか。
YouTube開設や、練習風景の公開など、早くも精力的な活動で話題をさらっている、フィギュアスケーターの羽生結弦さん。
小海途良幹さんの写真集「YUZU’LL BE BACK」が手元に届き、私は感動を新たにしています。
小海途さんが6年間をかけた、羽生選手の写真集は、これで4冊目。
どの作品にも、小海途さんならではの視点に、はっと目を奪われることが多く、いつも楽しみにしてきました。
なにか、羽生選手が、小海途さんだからこそ、心を許しているような表情、仕草、瞬間があって、その1枚に、私たちは、素の羽生結弦を発見したような気持ちになるのですね。
それにしても、選手としての最後のシーズンを追った、今回の作品集には、本当に驚きました。
そこには、全日本や北京オリンピックを戦い抜いた厳しい表情ではなく、とても穏やかで、透明で、すがすがしい優しさの、少年のような羽生選手がとらえられていたのです。

思わず、小海途さんに電話をしてしまいました。
(たった1度、フィギュアスケートの会場でお会いしただけだったのですが、今回初めて、勇気を振り絞って、連絡しました。)
この写真集が撮影、編集されているとき、勿論、プロ転向のニュースなど、まだ全く入ってきてはいません。
しかし、小海途さんは、
「これが最後の競技写真になるかもしれない」
と感じながら、仕事に当たっていたそうです。
そんな気配や心情を表すかのように、羽生選手の眼差しは、どこまでも澄んでいたのではないでしょうか

あれこれ話すうち、小海途さんから、忘れられない羽生さんの言葉として、
「9歳の自分が跳べ、と言った」
という話が出たときには、息が詰まりました。
その時々で、忘れがたい発言がたくさんありましたが、私にとっても、この言葉は、なにより鮮烈に心に迫るものだったのです。
(9歳の羽生選手は・・・小学4年生で、全日本ノービス選手権で初優勝、さらにフィンランドでの国際大会に初出場して、頂点に立ちました。
「ここから僕はスタートしたという気概を持っていた」
と自身が語っています。)
北京オリンピックで果敢に挑戦した、クワッドアクセル。
踏切に至るまでの動作を、9歳の頃と同じ直線的なフォームで挑んでいました。
「だから一緒に跳んだんですよね」
両手を天に突き上げるフリー「天と地と」のフィニッシュは、9歳の時に滑った「ロシアより愛を込めて」と同じポーズでした。
さらに、彼は言います。
「最後に壁の上で手を伸ばしていたのは、9歳の俺自身だったなって。
最後にそいつと、そいつの手をとって一緒に登ったなっていう感触があった」
スタート地点にいた幼い自分が、今なお心の内で生きていて、共に更なる高処に向かっていく・・・なんという、すごい人なんだろうと、感動するばかりでした。
小海途さんが、新しい写真集でとらえた、無垢な表情は、9歳の羽生結弦だったのかもしれませんね。

同じタイミングで、フィギュアスケート通の友人(熱烈な羽生ファン)、礼子さんが、6月の「ファンタジー・オン・アイス」のDVDを送ってくれました。
私も見にいきたいと思いながら、残念ながら出かけることのできなかったアイスショーです。
そこで羽生さんが披露した「レゾン」という演目の、あまりに壮大な世界観に、衝撃を受けました。
この作品については、深い考察が必要とされ、あまりにも長くなるので、ひとつだけ。
ここで追い求められているのは、「レゾン・デートル」(自分にとっての存在意義)。
他人の価値観とは関係なく、自分自身が、いかに存在する理由を見いだすか、ということなのです。
この時点で、すでに彼は、世界に高く評価された競技者である羽生結弦とは、決別しているように感じられます。
スケーティング・スタイルも、すでに、はるか次の次元の表現であると、感嘆しました。

6年間、羽生結弦の姿を追い続けた小海途さんは、振り返って
「幸運な巡りあわせだった」
とおっしゃいます。
いやいや、まだ終わりません、終われませんね。
これからも、羽生結弦の未来を、追い続けていただきたいと、期待しています。
2022年8月14日

2年前の8月11日、愛猫マフィンは、虹の橋へと旅立ちました。
こんな悲しい日は、もう忘れてしまいたい、何もしないで無視することにしよう、と思っていたのですが・・・。
いざその日が近づいてくると、
「やっぱり、一緒にシュークリームが食べたいな」
「ひまわりの花も、ほしい」
「マフィンが喜ぶオモチャも」
と、あれこれ用意することになりました。
インスタグラムに、写真をアップしていますので、宜しかったら、ご覧ください。
また、「虹の橋」について、このサイトの「マフィン」のページに書いていますので、ご覧いただけたら、嬉しいです。
2022年8月11日

ショックです。
夕方、ニュースで訃報が伝えられてから、何も手につきません。
三宅一生さんが、8月5日、亡くなられました。
84歳、肝細胞癌だったそうです。

世界的に活躍するファッションデザイナー、イッセイ・ミヤケ。
70年代、「1枚の布から始まる」という、和服の発想から展開するイッセイさんの作品は、たちまち大きなセンセーションを巻き起こしました。
私もまた、そのコンセプトの斬新さに、激しく心揺さぶられたひとりです。
イッセイ・ミヤケは、まさに我らの時代のスターでした。
その頃から今日に至るまで、ずうっと、私はイッセイ・ミヤケを着ています。
若い頃は、他の多くのデザイナーのコスチュームも身に付けましたが、結局手元に長く残り、今なお愛しているのは、イッセイ・ミヤケなのです。
20年前、30年前の気に入りの作品も、私のワードローブにあって、大切にしています。
すばらしいことに、そのデザインは、いつ取り出しても、ちっとも色褪せていない。
どれほど時を経ていようと、常に新鮮で、常に美しい、芸術品なのです。

私は海外を旅する時、必ずイッセイのプリーツのドレスを着ていきます。
オペラハウスですれ違う、見知らぬ人が感嘆して、つかつかと歩み寄り、
「まあ、ステキ!
誰のデザインですか?」
と聞かれることは、しょっちゅう。
そんなとき、私は胸を張って、
「イッセイ・ミヤケ!
日本のデザイナーです。」
と答える。
その誇らしいことと言ったら、ありません。

1993年にスタートした、彼の代表作のひとつ「プリーツ・プリーズ」の作品群には、私も熱狂して、現在に至っています。

イッセイさんの活動は、洋服作りに留まらず、クリエイティブな現場で、生涯現役を貫かれました。
2007年には、六本木に、日本初のデザインミュージアム「21−21デザインサイトを開設。
さまざまなデザインの冒険を、続けてこられました。
実は、この美術館のオープニングのテーマが、「チョコレート」だったのは、極めて思い出深い。
チョコレートを巡る、多種多様なデザインのアプローチに、目を見張りました。
ちょうど、チョコレートの世界の新しい活動を始めていた私は、イッセイさんから、エールを送っていただいたようで、とてもありがたく嬉しく感激したものです。
今日の私のインスタグラムに、イッセイさんとの写真を、投稿しましたので、宜しかったら、ご覧になってください。
2008年、21−21デザインサイトにて開かれた、浅葉克己さんの「祈りの痕跡展」の、レセプションでの1枚です。
イッセイさんは、いつものように優しく、カッコよく、ステキです。
私は、イッセイさんは、日本で一番美しい男性だと、いつも憧れ、尊敬していました。
彼の生み出すものも、生きる姿勢も、その存在自体が、この上なく美しい。

イッセイさん、私の人生に、たくさんの幸せな時間を贈ってくださって、本当にありがとうございました。
私はこれからも、残してくださった作品を大事に着続けるつもりです。
イッセイさんの貫かれた美学を、一生、見失うことのないように。
2022年8月9日

私はもう立派な高齢者なので、4回目のワクチン接種に出かけてきました。
これまでと違う、大変な経験でした。
接種会場の病院に到着すると、その前に、長い列。
そこに並べと指示されたので、
「予約してあるんですが」
と整理係の男性に言うが、それでも並ばないといけないそう。
「並ぶのが辛かったら、最終の時間なら、こんなに待たなくていいと思いますよ」
「それは何時くらいのことですか?」
「午後7時頃」
2時間も先に出直してこい、ということですね。
そんなスケジュールはないので、真夏の猛烈な暑さのなか、やむなく列に。
コロナと同時に、熱中症の心配をしながら。
ディスタンスも何もない、密な列・・・。
若者に混じった高齢者への気配りなども、勿論ありません。
何のために、私は事前予約をしたのでしょうか?

やっと院内に入っても、また別の列に並ばねばなりませんでした。
ここでも、満足にディスタンスは取れぬまま。
ようやく導かれたスペースには、ぎっしりと長椅子が並べられ、そこに座って待ちます。
隣の人まで50〜60センチしかない場所。
しかも、そばには鼻出しマスクのおじさんがいて、恐くて、顔を背けました。
接種室に呼ばれるのを待っているのかと思っていたら、ガラガラとカートを押して、女性スタッフが回ってきて、その場でワクチンを打たれました。
びっくり。
本人確認用の保険証を持参していたけれど、ついにその提示は求められませんでした。
予診票も書いていったけれど、問診は全くありませんでした。
こんなことで・・・大丈夫なのでしょうか?

打ち手の女性は、とてもお上手でしたので、注射に慣れた方だったのでしょう。
病院内のスタッフの皆さんは、汗をかきながら、一生懸命人を捌いているという印象で、頑張ってくださっていました。
これは、どう考えても、予約のオペレーションの失敗、なのでしょうね。
キャパシティをはるかに超えた予約を取りすぎたために、現場が天手古舞している状況でしょう。
ワクチン接種がなかなか進まない、とよく聞きますが、進まないというのではなく、これでは進むはずがないのではないかしら。
希望者に満足な接種機会が与えられていないのですから。
こんな状況だとわかっていたら、私も今日のワクチン接種をためらったかもしれない、と思いますもの。

この1週間で、新型コロナ新規感染者数は、我が国日本が、世界最多という不名誉な事態となりました。
すでに医療は崩壊している、との医療関係者の悲鳴が、あちこちから聞こえてきます。
それでも政府は、「行動規制をかけるほどではない」と、有効な手を打たないままです。

私の住む千代田区は、ワクチン接種に足を運ぶ区民のために、送迎のタクシーを用意しています。
行きの車の中では、
「さすが、区の心配りはすばらしい」
と絶賛していた私でしたが、帰りには、疲れと恐さでぐったりしてしまっていました。
今は、あの会場で感染していませんように、と祈っています。
2022年7月28日

まあ、な、な、なんという失態!
ふと気付いたら、もう4ヵ月近くも、私はこのブログを更新していなかったのですね。
日記代わりのインスタグラムのアップに追われて、余裕がなかったとはいえ・・・これはひどい。
このブログにしか書けないこともあるというのにね。
というわけで、本日、再開致します!!
久々の投稿は、やはり羽生結弦選手のニュース。
清々しい記者会見でしたね。
自身の理想を追い続けるという決意を、爽やかに、軽やかに語ってくれました。

私も度々書いてきたことですが、現在の競技会では、羽生選手のスケールの大きさや芸術性を、十分に評価することができません。
彼はすでに、その枠を超え、更なる高処を目指しているのですから、ひとつ所にいつまでも留まる必要はないのです。
羽生選手らしい、希望に満ちた、新たなスタートに、大きな拍手を贈りましょう。
羽生結弦が次なる夢をかけた、新しいステージでの挑戦に、これからも、心から期待しています!!
2022年7月19日

この1ヵ月、ロシアのウクライナ侵攻のニュースに、ずっと悲しく重苦しい日々を送っていたのですが、初めて、少し気分の晴れる時を過ごしました。
フランスで開催された、フィギュアスケート世界選手権大会。
坂本花織、宇野昌磨、鍵山優真、友野一希・・・。
胸のすくパフォーマンスに、一時、苦しい現実から離れることができました。
昌磨クンは、可愛い少年のイメージから、すっかり美しい若者に成長していて、色気のある鮮やかなパフォーマンスに、思いっきり酔いました。
「ボレロ」のラストに、ランビエール・コーチが両手を上げ、同じポーズで飛び上がったのには、私も大喜び。
友野クンについても、このブログで度々書いてきましたが、「ニュー・シネマ・パラダイス」「ラ・ラ・ランド」、等身大の若者の情熱が伝わってくる、すばらしい演技に、私の心も躍りました。
ごめんなさい、今日はあまり詳しい分析ができません。
というのも・・・。
ウクライナから参加したイヴァン・シュムラトコ選手が、「目標は何ですか」との問いに、
「ここに・・・来ることでした」
と英語で答えたところで、涙が溢れてしまったのです。
彼は、戦火にある母国で満足に練習もできぬまま、「ウクライナ人であることに誇りを持って」世界選手権大会に参加したのです。
その衣裳は、1ヵ月前のオリンピックの時とは違って、ショートもフリーも、青い半袖のTシャツに、黄と青の国旗や、白い雲をあしらったものでした。
Tシャツだから、演技途中にまくれあがり、お腹が出てしまったりして、やりにくかったでしょう。
衣裳を用意する余裕がなかったのか、あるいは、ゼレンスキー大統領がTシャツ姿で陣頭指揮を取っていることと重ね合わせたのか。
彼のパフォーマンスが終わると、観客が総立ちになって拍手を送っていたシーンに、胸がいっぱいになりました。
2022年3月26日

毎日、暗澹たる思いで、ニュースを見ています。
21世紀に入って、このような悲惨な状況を、現実のものとして目にすることになろうとは!
人間は、ここまで残虐になれるものなのか、人の命を踏みにじり、平気で嘘をでっちあげ、世界を破壊できるものなのか。
人類の終わりの始まりを懸念させるほどの、惨状です。
おそらくプーチンは、今この時代に生きてはいないのでしょう。
1980年代以前の、ソビエト連邦に未だ生きていて、その旧社会主義体制下の妄想のなかで、暴挙を重ねているのだと感じます。
プーチンのみならず、その回りに、人間らしい感情を持ったロシア人は、いないのでしょうか?
「人道回廊」という言葉を、ロシア側が使うたび、激しい怒りを感じます。
ロシア側に向かう道しか与えず、「捕虜になれ、言うままにせよ、でなければ殺す」と、停戦時間中にもかかわらず、逃げ惑う一般人を爆撃するというやり方の、どこが「人道」なのでしょう。
さらに非道な兵器を用い、核をちらつかせて西側を恫喝し、大量虐殺に向かっている。
これほど汚い蛮行が、あるでしょうか。
私たちに何ができるのか、どうすればウクライナの人々を救うことができるのか、考えると、胸が苦しくなります。
もちろん関係機関に寄付をしていますが、さらにもっと支援の方法がないでしょうか?
西側が団結して、経済制裁を行い、国民の側から反プーチンンの声が大きくなり、ロシアの内部から崩壊するのを、待つしかないのでしょうか?
私たち日本人にできることは限られているけれど、ウクライナの苦しみを少しでも引き受ける覚悟も必要かと思います。
長期戦になればなるほど、ロシアへの経済制裁は、私たちにも打撃を与えます。
ガソリンや食料が大幅に値上げし、他の産業にも影響が出ることは必至です。
しかしそのくらいの苦労はやむをえない、耐え忍んで、私たち日本人も生き抜くと、心に決めなければならないと思っています。
2022年3月12日

なんて、恐ろしいことが起こっているのでしょう!
プーチンが、ウクライナに残虐な侵略戦争を仕掛け、その惨状に胸が詰まる思いです。
こんな理不尽なことが通っていいはずがありません。
遠く離れた日本にいる私たちに、できることはないのでしょうか?
ウクライナの人々を援助する手立ては、ないでしょうか?
私たちも共に困難を引き受ける覚悟をし、彼らの助けになることを探したいと思います。
日本政府も、積極的に支援策に乗り出してほしい。
ロシア国内のみならず、世界中のロシア人が声を上げて、プーチンを止めてほしい。
今、この暴挙を止めなければ、人類の未来はさらに暗転してしまうと、やりきれない気持ちでいっぱいです。
2022年2月27日

やっと昨日、3回目のワクチン接種を終えました。
過去2回ファイザーだったので、今回もファイザーを希望していましたが、何度区に連絡しても、全く先の見通しが立たず、いつ予約受付が開始されるかもわからないと言われ、やむなくモデルナに。
打っている最中から、ものすごく痛くて、その後も、腕の腫れ、痛み、重たさが続いて、左腕が今日も上げられません。
でもこれは、不運なことに、打ち手が上手でなかったことも、理由のひとつかも・・・。
全身の疲労倦怠感はありますが、熱はそんなにひどくはなりませんでした。
接種を済ませたあと、千代田区では、帰りのタクシーを手配してくれることになったと聞かされ、サービスを受けて帰宅しました。
長い道のりを電車を乗り継いで移動し、体調の変化を不安に思う高齢者の方々もいらっしゃるでしょうから、これはなかなかいい心配りですね!
2022年2月25日

「ショコラ・エ・ショコラ」のプロジェクトで手いっぱいで、今年の冬季オリンピックはほとんど楽しめなかったけれど、勿論、フィギュアスケートだけは、寝る時間、食べる時間を削っても、しっかりチェックしていましたよ。
この間の、ワリエワのドーピング騒動については、CASやIOCといった関係組織の判断、決定には、割り切れない思いでいっぱいです。
世界のトップ・スケーターとして輝かしい記録を残してきた選手が、15歳だからドーピングの責任は問えないなどと、お目こぼし?
これが許されるのなら、低年齢の選手たちはドーピングOKという、誤った恐ろしいメッセージを伝えることになりかねません。
今後に、深刻な課題を残してしまいます。
同じロシア選手で、同じサンボ70で競っているシェルバコワやトゥルソワだって、まだ17歳、未成年ですよ。
彼らはどういう心境でいるでしょうか?
死に物狂いで過酷な練習を積んでいるなかで、ドーピングした選手にトップの座をさらわれてしまう、その悔しさや挫折感はいかほどでしょうか?
彼らの将来にも大きな影を落とす、由々しき事態なのです。
勿論、女子フィギュアがダーティな雲に覆われ、4年に1度のチャンスにかけてきた他の国の全ての選手たちを、著しく傷つける事態に他なりません。
今夜のフリーの結果は、いったいどうなるでしょうか?

それにつけても・・・と私は改めて、羽生選手のスケートにかける熱い思いを、賞賛します。
不運なアクシデントや怪我が重なりましたが、今回のパフォーマンスも、すばらしかった。
彼のスケーティングは、滑る、というのではなく、飛ぶ、舞う、といった、この上なく美しいものでした。
彼が語った「9歳の自分が飛べと言った」「9歳の自分が壁の上から手を伸ばしていた」という話に、感動しました。
9歳の自分・・・ただただ、ひたむきに、純粋に、フィギュアスケートに向かっていた自分が、今もなお、羽生選手の心の核に、生き生きと存在している。
そして、その声とともに、未来に向かっている・・・。
羽生結弦は、神に選ばれた人なのだと、思います。
それだからこそ、神は彼に試練を与えているのです。
羽生選手と同じ時代に生きていて、その美しいパフォーマンスを目にすることができる私たちは、なんと幸運なことか、と深く感じるばかりです。
2022年2月17日










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「ぼくは おおきな くまなんだ」
(文化出版局)

大きな毛むくじゃらのクマに変身した、ハンス少年の、愉快で愛らしい冒険物語。
ヤーノシュ作、くすたえりこ訳の絵本です。



「うさちゃんのニュース」
(ほるぷ出版)

とうとう最後に、うさちゃんが見つけたステキなものは?!
心があたたかくなる、優しい絵本です。
ボーンスタイン作、くすたえりこ訳。